先日、ベリタスのオフィス内で起きた「ある事件」を紹介します。

その日、私の机の近くには、オーストリア人の同僚コーチが静かにPCに向かって、クラスの準備に集中していました。周りの同僚に迷惑をかけまいと、ヘッドフォンをつけながら、ある音声教材を視聴していたのです。

たまたま、社内に流れるBGMの音楽が途切れたタイミングのことで、オフィスが一瞬静かになったときのことでした。その女性コーチが、大声で笑い始めたのです。まさに、ケラケラ笑うという表現にぴったりで、うしろにのけぞりながら、手を叩いて笑い始めました。

周囲の同僚が、皆びっくりして、彼女の顔を覗き込みました。周りの反応に気付いた彼女は、慌ててヘッドフォンを外しながら、「Sorry, sorry..」と口にだし、笑いの涙を目に浮かべながら、事情を説明し始めたのです。

彼女が視聴していたのは、TEDの人気スピーチの1つです。イギリス人の教育者が、未来に向けた教育のあり方について、深い洞察をもとに語るプレゼンテーションです。ブリティッシュジョークが、随所に散りばめられ、プレゼンテーション会場は爆笑の連続です。そのような、興味深く、かつユーモアたっぷりのスピーチを聞いて、彼女は思わず笑い転げてしまったのです。

同プレゼンテーションは、ベリタスイングリッシュの上級LEADクラスでも教材として活用しており、クラス内では、日本にとどまらず、グローバルな視点で、これからの数十年先を見据えて、何が教育の根幹となるべきかについて、毎回議論は白熱します。一般的な傾向としては、議論の当初は、プログラミングであったり、語学であったり、と表象的なスキル教育がテーマとなり、徐々に、論理的思考や創造性といった、深いテーマが話題になります。

私も、そのプレゼンテーションは、当然ながら何十回と視聴しており、スクリプトの一言一句を丁寧に解釈したうえで、深く理解しているつもりです。ジョークについては、当初、笑いどころの理解に苦しみ、同僚の別のイギリス人に、詳しく解説してもらったものです。そして、「頭で」ジョークを理解したあとに、徐々に、そのスピーチの笑いを楽しめるようになりました。

一方で、解説の上に、理解はしたものの、このスピーチのジョークの面白さには、半信半疑のままでした。
それが、今回の、「笑い転げ事件」によって、改めて、このスピーチが、TEDの人気プレゼンとして、長らくランクされている理由を、納得することができました。つまり、同スピーチは、「相当笑えるプレゼンテーション」なのです。笑い転げた女性コーチは、イギリスの伝統的な寄宿学校で教育を受けたバックグランドを持ち、笑いのセンスがぴったりはまったのでした。

笑いのセンスは、国境を越えて、共有されるのは難しいと言われます。
同プレゼンテーションを初めて視聴した際に、ほとんど笑わなかった私と、同僚のネイティブコーチたちの反応を比較すると、このギャップの大きさが、どれだけのものか改めて気づかされました。

ところで、
笑いのセンスほどではないにしろ、育った国、地域、バックグランドによって、異なる感覚が残る例として、味覚を上げることもできるでしょう。

子供のころから慣れ親しんだ味は、大人になり、何歳になっても、美味しく感じるものです。例えば、学生時代に食べたマクドナルドのポテトが何歳になっても美味しいと感じられるのは、そのせいでしょう。そして、これらの美味しさは、いわゆる、soul food(ソウルフード)としての美味しさです。

一方で、大人になるにつれて、「頭で理解」しながら、美味しさを覚えていく食べ物もあります。例えば、ワインの味は、ソムリエさん達の説明を頭で理解しながら、自分の舌だけでなく、頭の中で理屈で美味しいと判断する類のものでしょう。そして、ワインを日常的に飲むほどに、自然と、舌で味わえる程度が増していくと言えるでしょう。

ベリタスのクラスディスカッション内で良く見かける例としては、「日本食が世界一」だと、受講者さんがネイティブコーチに対して主張する光景です。

しかし、この主張の仕方には、少しの配慮が必要と言えるでしょう。

子供のころから慣れ親しんだ日本食を美味しいと感じる感覚と、大人になってから口にし、徐々に美味しさに気付いた感覚は、同じではありません。前者がsoul foodとしての美味しさであり、後者は一定程度「頭で理解」した美味しさです。

私は、ブリティッシュジョークの知的さや奥深さには、多大な敬意を払います。一方で、ブリティッシュジョークが世界一かと言えば、私には、そう言い切れません。つまり、私が敬意を払う理由は、「頭で理解」した面白さに対してであり、soul food ならず soul ”joke”としては、涙を流し笑い転げるほどに、面白いとは感じられないのです。

diversityのあるチーム創りを目標の一つに掲げるベリタスでは、お互いの違いから新たな気づきや学びを得ることが、仕事の楽しさの一つです。

そんな中、笑いも、味覚も、相手に押し付けることなく、尊重しあえると良いなと、改めて感じた「事件」についてでした。